金色のコルダ〜La corda d'oro〜
 
 


 4    どこまでも、幸せな日々。(加地×香穂子〈甘〉)
更新日時:
2009/01/11
それは、穏やかな春風の吹く、放課後のこと。
 
ともに帰路につこうと、屋上までやって来た加地は、ベンチに腰かけ、真剣な様子で譜面をめくる探し人の姿を見つけ、足を止めた。
足音を立てないように、そろそろと加地が直ぐ近くまで寄って行っても、余程集中しているのか、香穂子が気付く様子は全くない。
そのまま、一生懸命譜読みをしている彼女の隣にそっと腰掛ける。それでもやはり、彼女が譜面から顔を上げる様子はない。
 
こんなふうに、いつだって音楽に対して真剣に向き合うところは、加地の愛して止まない、彼女の美徳の一つで。
…それは分かっている。分かっているのだが、しかし。
 
……ちょっとは僕のほうも構ってほしい、なんて以前の自分では、とても考えられないような我が侭な思いが湧き上がってきてしまうのは……恋人同士になったが故に湧き上がる、欲というものなのだろうか。
 
少しの思案のあと、ここまでしたら流石に気付くかな、なんてよからぬことを企んでしまったのは、ちょっぴりのイタズラ心と半ば本気の嫉妬心からで。
 
寝たフリを装って目を瞑り、ゆっくりと、彼女の肩に頭をもたれかける。
一瞬ビクリと肩が強張ったあと、
 
「加地君…?」
 
吃驚したような囁きが聞こえてきて、ようやく存在を認めてもらった喜びに、嬉しくなる。
どこまで単純なのだと自分自身、可笑しくなるけれど、このおいしすぎる状況に、更なるイタズラ心が首をもたげてきたのは、当然といえば当然のなりゆきで。
更に狸寝入りを装って、わざとそのままバランスを崩して彼女の肩から頭をすべらせる。
 
するとポスン、と音がして、予想通り、次の瞬間感じたのは、硬いベンチの衝撃ではなく、とても柔らかく心地よい感触で。
 
「…っ!加地君っ…」
 
起こさない様に、と抑えた声で、それでも慌てた様子の彼女の声に、目には見えないけれど、イタズラの成功を確信する。
 
――そう、つまり今、加地は香穂子に膝枕されている状態なわけで。
 
しばらくあたふたとする気配を感じたけれど、やがて諦めたのか、小さな溜息が一つ、落ちてきて。
再び、譜面をめくる音が響きはじめる。
 
ちょっと可哀想だったかな、なんて思いが一瞬過ぎるけれど、いざイタズラが成功してみれば、その予想以上の心地よさに、あやうく本気で意識を手放しそうになりながらも、役得とばかり、そのまましばし、心地よい静寂に身を任せる。
 
そうしてどのくらい時間が流れたのだろうか。
 
彼女がそっと楽譜を置く気配を感じ、うとうとしかけていた意識が覚醒する。
 
…かと思うと、そろそろと、柔らかな手が、加地の髪を優しく撫でていく気配を感じた。
そのまま、何度も何度も。どこまでも優しく、壊れ物でも扱うように柔らかく、撫でられる。
 
そのあまりにもの心地よさ。突き抜ける愛しさに、我慢も理性も限界に達したのを感じ、そろそろ、狸寝入りも終わりにしようと思いかけたその時。
 
「ふふ。加地君…大好きだよ…」
 
ポツリと、大切な秘密を打ち明けるかのような密やかさで。彼女の口から零れ落ちた、思いがけない言葉に、息がとまる。
普段は、恥ずかしがって、なかなか聞かせては貰えない言葉。でもだからこそ、何よりも価値のある、その不意討ちの言葉に。
一瞬の驚きのあと、ゆるゆると、胸におさまりきれないほどの喜びが満ちていく。
 
……ああ、もう。本当に、彼女は。
 
――愛しすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
 
感情のままに頬が緩みそうになるのをぐっとこらえて、そのまま、ぐいと彼女の手首を捉えると、
 
「僕もね、大好きだよ。香穂さん」
 
胸の奥から湧き上がるどうしようもない程の愛おしさに身を任せ、思いの丈を込めて、にっこりと答える。
そうしてゆっくり瞼を上げると、目に飛び込んできたのは、寝ていると思い込んでいた男からの、突然の反撃に、何が起きたのか理解できない…といった様子で、目をパチパチと瞬かせる彼女の表情で。
 
しかし、その顔も、次の瞬間には、羞恥でみるみる顔が真っ赤に染まっていく。
 
「か、っ、加地君…!起きて…?!」
「ううん、まさか。今起きたところだよ」
 
隙のない笑顔で、しゃあしゃあと言い切ると、ぐっと言葉を詰まらせて加地を見つめ返してくる。
 
そんなふうに、あたふたと慌てる様子も、本当に可愛いなとぼんやり見やる自分の今の顔は、多分はたから見ても非常にしまりのない表情をしているんじゃないか…と思うけれど、そんなことは、今はどうでもいい。
 
大事なのは、目の前に、彼女がいて、何よりも嬉しい言葉を聞かせてくれたというその事実だけだ。
 
ここが学校だとか。もしかして周りに人がいるかもしれないとか。そんなことは、こみ上げる愛しさの前にはすべて瑣末な問題でしかなく。
 
湧き上がる衝動に身をゆだね、そのまま油断している彼女の後頭部に手を伸ばすと、そのままグイと顔を引き寄せ、チュッと、音を立てて軽く口付ける。
 
一瞬の触れ合いのあと、解放すれば、至近距離にある、真っ赤になったまま目を潤ませる彼女の顔があまりにも扇情的で。
 
クラリ、と眩暈を感じながらも、再び強引にその顔を引き寄せて、その柔らかな温もりを味わう。
 
そのまま薄目をあけたまま、何度も唇を奪いながら見えるのは、何かを絶えるように苦しげに眉根を寄せて口付けを受け入れる彼女の様子で。
 
そんな様子にすら、どうしようもなくそそられるのは、もしかして、自身に多少のSの気があるからではないかと一瞬自分の性癖を疑うものの、すぐに思いなおす。
 
結局は、笑った顔も、泣いた顔も、恥ずかしさに震える顔も、怒った顔も、何もかも。
どうしようもないほど可愛くて、愛しく思うのだから、自分にとって大切なのは、きっと彼女が彼女であること、ただそれだけで。
 
永遠に触れ合いたい欲求と戦いながらも、これ以上続けると、流石に理性が持たないと判断し、長く執拗な口付けから、ようやく彼女を解放する。
 
そして、ようやく彼女の膝から頭をあげて正面から向き合う。
 
しばらく肩で息をしていた香穂子であったが、、なんとか息を整えると、恨みがましそうな視線で加地を見据えてくる。
 
「…っうう、もう、加地君がこんなキス魔だなんて、思わなかったよっ!」
「ふふっ、僕もね、知らなかったよ?」
 
いつだって、抱きしめて、離したくない。触れていたい。
そう思ったのは、彼女がはじめて。
 
手を触れることすらおこがましくて、距離を置いていたあの頃でさえ、ずっと、ずっと。本当は、触れて、抱きしめて。自分だけのものにしたくてたまらなかった。
 
そうして箍がすっかり外れてしまった今、あの頃よりももっともっと深く強い思いで彼女を求めている自分がいる。
 
……そう、香穂子という存在だけなのだ。加地自身ですら知らなかった様々な感情を、呼び起こしてくれるのは。
 
「君だけだよ。僕をこんなに哀れで愚かな、ただの男にしてしまえるのは」
 
宥めるように、目の前の愛しい少女の髪を撫でながら、にっこりと、微笑んで告げる。
 
「だからね、香穂さん?」
「え?」
「僕をこんな体にしてしまった責任は、きちんととってもらうからね」
「え、え?」
「勿論、一生かけて、じっくりと、ね?」
「え、え、え?!」
 
長い時間をかけて。ようやく捕まえた、愛しい人。
もう、どうしたって逃がしてあげるつもりなんて毛頭なく。
 
「ふふっ、楽しみだな♪」
「??」
 
まずは、身動きが取れなくなるように、周囲から抜かりなくせめていこうだなんて、よからぬことを目の前の恋人が考えているなんて香穂子が思うはずもなく。頭の中に疑問符をいっぱい浮かべて戸惑う様子は、ひどく素直で愛らしく。
 
「ずっとずっとね、大好きだよ、香穂さん」
 
がっしりと両手を握って、有無を言わせぬ極上の笑顔で告げる。
 
もしかしてもしかしなくても……人生の選択を、間違ったかもしれない………ということに彼女が気付くのは――――…まだもう少し、先の話――――…。
 
 
 
●ということで第2弾は加地×日野でGO!加地の胡散臭いとこが好きです。←(褒め言葉)



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