金色のコルダ〜La corda d'oro〜
 
 


 2    夢に、みた(月森×香穂子〈シリアス〉)※数年後設定です
更新日時:
2008/12/01
「…くしゅん!」
 
薄っすら空が白じんできた明け方。鳥たちのさえずりを、夢心地に聞いていた香穂子は、自らのくしゃみで目を覚ました。
 
無意識に枕元の時計で今の時刻を確認しようとして、ふと気付く。
周囲に見える景色が、自分の見慣れたそれと全く違うことに。
 
(あれ…?ここ…?)
 
寝起きの頭で混乱しながらも、周囲を落ち着かない様子でキョロキョロと見渡す。
薄っすらと明りの差す室内は、落ち着いた調度品が並んでいるものの、ごくシンプルだ。室内も、自分の部屋よりもずっとずっと広い。
そうして、体をおこし、視線をそろりと、ベッド脇にある窓に移した瞬間。唐突に、今の状況を思い出した。
 
(そうか…。私…!)
 
思い出した瞬間。途端に、早鐘のように胸が鼓動を刻み出す。
 
はやる気持ちを抑えられずに、そっと音を立てずにベッドから下り、目の前のドアを押して、隣室へと身を滑らす。
 
すると、その正面にあるソファに身を横たえる大きな影が、香穂子の目に飛び込んできた。
その姿は間違いなく。
 
「月森君…」
 
その姿を確認すると同時に、心の底から、ゆるゆると温かい思いが満ちてくる。
革張りの広いソファで穏やかに寝息を立てている彼を、起こさないようにそろそろと歩み寄り、すぐ真横までくると、ペタンとそのまま床に腰をすえる。
 
色素の薄い髪が朝日に柔らかくすけて、キラキラ輝いている。整った面差しは、最後に香穂子がその姿を見たときよりもずっと大人びている。
男の人に使う形容としては間違っているのかもしれないが、その様は一幅の絵画のように、美しく。神聖で。
 
手を伸ばしたら、消えてしまうのではないか。
 
一瞬、そんな思いが過ぎるものの、抗えない衝動に従い、そっとその頬に手を添える。
すると、ゆっくりと、その瞼が持ち上がり、ぼんやりと目の前の香穂子の姿を捉える。
そしてそのまま柔らかく、本当に、幸福そのもののような笑顔で微笑まれ。
 
「香穂子…」
 
寝起きの掠れた声で、吐息とともに優しく名を呼ばれれば、突き抜ける愛しさと。嬉しさと。
切なさがないまぜになって。
我知らず、熱い涙がこみ上げてきそうになるのをぐっと堪える。
 
「これは…夢だろうか…」
「…夢じゃないよ。ここに、いるよ。月森君」
 
すがるように伸ばされてきた手を握り締めて、囁くように、答えれば、まるで子猫が甘えてくるように優しく額をこすり合わせてくる。
 
「…この5年、何度も夢に見た。君とこうして、再び出会える日を。再び、同じ道を歩む日を…」
 
まだ、完全に目が覚めていないのだろう。誰に言うともなく、詠うように呟くその声に、彼もまた、同じ思いでいてくれたことを知って、ついに堪えきれなくなった涙が、堰を切ったように溢れ出してきた。
その雫が月森の顔にも、柔らかな雨のように、静かに。ゆっくりと降り注ぐ。
 
その温かさで、初めて。本当の意味で目が覚めたのだろう。
 
「香穂子…!?」
 
焦った様子で身を起こし、おろおろと香穂子の顔を覗き込んでくる。
 
「どうしたんだ、一体…!?」
「…ううん…ごめんね。違うの、ただ、嬉しいの…」
 
ゆるゆると首を振ると、ほっとしたように息をつき、そのままぎゅっと息が止まるほどの強さで抱きしめられる。
 
「…本当に、君なんだな…」
 
いつか、再び。
音楽が、2人を引き合わせてくれるなら。
そうあることが、2人の運命なら。
 
その言葉だけを標に。
 
一度は道を別った2人だった。
 
互いに焦がれて。求めて。
どんなに恋しくても会うことは叶わず。
それでも。
かならず果たされる、その「いつか」を夢見て、ひたすら走り続けた5年という歳月が、長かったのか短かったのかはよく分からない。
 
何度も、投げ出しそうになった。
もう、二度とヴァイオリンを持てないと思ったこともあった。
 
それでも、どうしても。
音楽を、月森を、諦めることはできなかった。
 
そうしてようやく、海外でも、少しは名の知れたヴァイオリニストと認められる、この立場まで上り詰めることができた。
 
既に、有名オケのソリストを幾度となくつとめる彼と比べると、まだまだ、スタートラインに立ったところかもしれない。
 
けれど、それでも。
 
再び、こうして、道を交えることができた。
 
あの頃とは違う。今の香穂子なら、月森の追い求める高みを、ともに見つめることができる。
 
「諦めないで…よかった」
 
心地よい夢のようなその腕の中、小さく呟くと、優しく、髪を撫でられる。
くすぐったさに、身を少しよじると、密やかな笑い声が優しく落ちてくる。
 
「…高校の時より、髪が随分伸びたんだな…」
「うん、ちょっとは大人っぽくなればいいと思って…」
「ああ。…綺麗になっていて、驚いた。記憶の中の姿よりずっと」
 
吃驚して顔を上げれば、蕩けるような笑顔で見つめてくる月森と目が合う。
臆面もなく、こんなことを言える人だっただろうかと思わず頬がほてる。
しかし、そんな香穂子を他所に、月森は何ら気にした様子はなく、再び優しく髪を撫でてくる。
繊細な音色を奏でる、細くしなやかな指で髪を梳かれる感触に、じんわりと甘い痺れが体を走る。
 
「――香穂子」
 
しばらくの間、心地よく、うっとりと体の力を抜いて、月森に体を預けていた香穂子は、先ほどまでとは違う、真剣な口調で名を呼ばれ、思わずビクリと体を強張らせる。
 
「なに…?」
 
すると、香穂子を抱きしめた腕を放し、そのまま正面に向き合うと、顔を強張らせた月森と目が合う。その表情は、まるで出会ったばかりの頃のような、厳しく。険しいもので。
まるで高校時代にタイムスリップしてしまったような、既視感を感じてしまう。
 
一体、何を言われるのだろうと、緊張を走らせた香穂子の耳に、次の瞬間。
飛び込んできた一言。
 
それは、予想すらしなかったもので。
 
瞬間、息が。
 
止まるかと、思った。
 
「俺と、結婚してくれないか」
「……っ!」
 
―――ああ、もう。本当に。この人は。
 
 
 
―――なんて、愛しく。真っ直ぐな。
 
 
…すぐにでも、返事をしたいと思うのに、熱いものがあとからあとからこみ上げてきて、声に、ならない。
 
「…だめ…だろうか?」
 
お願いだから、そんな不安そうな目で、見ないで欲しい。
どうして、分からないんだろう。
そうして、こんなにも鈍いんだろう。
 
今、この瞬間。死んだって、後悔しないと言えるほど。
嬉しいと思っていること。
 
苦しく。切なく。そして、愛しい。
嵐のように渦巻く、激しい想い。
 
「ばかぁ…」
「香穂子…?」
 
涙でボロボロの顔で。
きっと今人生で1番ひどい顔をしているのだと思う。
けれど、彼が見つめてくれるから。そんな香穂子の顔を優しく、不器用に拭いながら、何よりも大切な宝物のように見つめてくれるから。
 
臆することなく、告げられる。
 
「大好き…」
 
短い一言。けれど、精一杯の想いを込めて彼に答える。
 
「…っ」
 
すると、不意に泣きそうに月森の表情が歪んだかと思うと、遠慮のない力で抱きしめられる。
 
「…ありがとう――音楽を、俺を、諦めないでいてくれて」
 
震える声で、告げられた言葉に。
この5年間、彼が抱えていた、不安の一片を覗けた気がして。
 
再び、新たな涙が香穂子の頬をぬらしていく。
 
彼が抱きしめてくれるように。
自身もその心ごと、月森を包み込めることを願って、強く抱きしめ返す。
 
早いリズムで刻む鼓動。温かなぬくもり。
ふわり香穂子を包み込む、彼自身の香り。
 
その、なにもかもが、愛しくて、恋しくて。
 
幾度も願い、夢にまで見た。
 
互いに手放せなかった想いが再びめぐり逢い。
――そうして再び繋ぎ合わさる、その奇跡という名の必然を。
 
その願った夢が今、ここにあることの至福。
 
決して緩まない、腕の力を心地よく感じながら、ゆっくりと、目を閉じる。
 
すると、ふと。
 
どこか遠くで、あの、カリヨンの音色の音が聞こえた気がした。
 
それは福音。
 
そして。
 
ひどく、周り道をして。
ようやく、ヴァイオリンロマンスを成就させた、不器用な恋人たちに贈られた、祝福の音色でもあった―――。
 
 
 
●突発的な話につき。いろいろ説明足らずなところがあるので、少し補足を。
コルダ2アンコールから5年後、月森はソリストとして名をあげ、様々な有名オケと競演するまでになっています。(私の妄想では)
一方で、香穂子が国際的な舞台で活躍しはじめていることを金澤づてに話しに聞いていた月森は、悩んだ末、自身のコンサートのチケットを香穂子に送ります。
コンサート後、実に5年ぶりの再会をはたす2人。
5年という歳月を埋めるかのように、月森は香穂子を自身のマンションに招くと、時間を忘れて語り合います。
気がつけば深夜。ホテルに泊まるつもりだったという香穂子を、そのまま自身のマンションに泊めた、その翌朝の設定です。
(長っ!)
 
あと、お泊りはしたものの、この2人、まだキスすらしたことがない設定だったりします!純愛!
 
まあ、そんな細かい設定はあるものの、なんとなく雰囲気で楽しんで頂ければ幸いです。



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