金色のコルダ〜La corda d'oro〜
 
 


 1    この気持ちを、君に。(月森×香穂子〈シリアス〉)
更新日時:
2008/12/08
 きっかけは、他愛もない噂話だった。
 
「な、月森、知ってるか?」
 
 ある日の放課後。
 いつものように、無駄のない動きで帰り支度を済ませ、そのまま練習室へ向かおうとした月森を呼び止めたのは、そんなクラスメートの一言だった。
 常ならば、無駄話に興じている時間など自分にはないとばかりに、颯爽と立ち去る月森であったが、思わずその足を止めたのは、その口から、意外な人物の名が出たためであった。
 
「日野さんのことなんだけどさ…。お前なら、同じコンクール参加者だったし、知ってるかと思ってさ」
「……日野が、どうかしたのか?」
 
 はじめから答えが返ってくるとは思ってもみなかったのであろう。月森の意外な反応に虚をつかれ、一瞬口を閉ざすが、直ぐに気を取り直すと、キョロキョロと辺りを窺った後、そっと月森の近くに歩み寄ってきた。
 
 至近距離に、思わず身構えた月森であったが、次の瞬間。その耳元近くで小さく囁かれた言葉に―‐思わず息を呑んだ。
 
「同じコンクール参加者だった土浦とさ、最近付き合いだしたって聞いたんだけど、本当か?」
 
 思わず見返した男の目の中に、確かに見つけた熱情の欠片。
 それと相成って、先ほど彼の口から聞かされた衝撃の言葉に、胸のうちでチリリと炎が燻った。
 
 しかし内心の動揺は見事に押し隠し。
 
「――さあ。俺には関係ない」
 
 低く、抑えたいつものトーンで。
 いつもの如く無関心を装って。
 
 今度こそ、そのまま後ろを振り返りもせず、教室を後にする。
 そして、予約していた練習室に静かに身を滑り込ませると、溜めていた吐息を、やり切れない想いとともに大きく吐き出した。
 
 その沈鬱な吐息は、静かな練習室に予想外に響き、月森の気持ちは、更に底辺にまで下降する。
 
 他愛もない、くだらない噂話だと一蹴してしまえるだけの強さを、今の月森は持たない。
 
 ――…コンクールは、終わったのだ。
 もはや、今の月森と、彼女を繋ぐ絆は、何もないのだから。
 
※      ※      ※
 
 コンクールを終えて、一月程たったいまでも、鮮明に思い出すことができる。
 
 最終セレクションの終わったあの日。
 優勝インタビューを報道部に受けていたときのことだ。
 ふいに遠くから聞こえてきた音色に、思わず言葉を止めて、月森は空を仰いだ。
 
 深く、心に染み入る、包み込むような、温かい音色。
 
 なぜだか分からない。
 理屈などない。
 
 ――けれど、全身で、それが「彼女」の奏でる音だと確信する。
 
 そう思うと同時に、月森の足は勝手にその音色の主を求めて、駆け出していた。天羽の制止の言葉を背中で聞きながら、音の聞こえるその先へと急ぐ。
 
 そうして勢いよく開け放った扉のその先から聞こえてきたのは、彼女の奏でる「愛の挨拶」で。
 柔らかく、語りかけてくるようなその音色を耳にし、自身の心がゆるゆると幸福で満ちていくのを感じた。
 
 その瞬間。彼女も、自身と同じ想いでいてくれているのだと、その包み込むような音色にすべてを信じることができた。
 
 けれど、同じように積もり積もった想いのすべてを伝えるには、月森の言葉はたどたどしすぎて。
 ……ただ、月森ができたことといえば、告白とすら呼べない不器用な言葉を、つらつらと並べることだけであった。
 
 けれど。互いにはっきりした言葉を交わさずとも、確かにその音の中に、涙を浮かべながら柔らかく微笑んだ彼女の瞳の中に、紛れもなく確かな気持ちを見つけたと。
そう、思ったけれど。しかし。
 
 時が経つにつれ、分からなくなっていった。
 
 香穂子の態度は、コンク−ル中のそれと、まったく同じで。
 月森も、何かがすぐにかわると思っていたわけではなかったものの、そのあまりにもかわらない態度に、少しずつ、彼女に想われているという自信が揺らぐようになっていった。
 
 手を繋いだこともなければ、恋人がするような甘やかな会話を交わすわけでもなく。
 ただ、時折。ともに待ち合わせをし、ヴァイオリンの練習をして。
 そして、少し離れた距離を物足りなく思いながらも、二人並んで帰路につく。
 それは、コンサート中の2人の関係と、何ら変わりないものであった。
 
 そして、何よりも月森にとって、1番こたえたのは、彼女が笑顔を見せてくれる機会が、以前に比べて格段に減ったことであった。
 
 やがて、不安は徐々に月森の胸をどす黒く染めていき、不安が疑心を呼び、疑心が確信に変わりつつあった頃。
 
 その「噂」が月森のところに、舞い込んできたのであった。
 
 大きく溜息をつくと、彼女が来る前に少し頭を冷やそうと、練習室の窓を開ける。
 
 そしてやや肌寒い風を感じながら、何気なく、グラウンドの方へと目を向けた瞬間。
 
 月森は、見てしまったのだ。
 
 涼しげな木陰の下。
 土浦と、肩を寄せ合い、親密に笑いあう「彼女」の姿を。
  
※      ※      ※
 
 
「きゃっ…!」
 
 それから10分程して。
 いつもと同じように、月森と放課後の練習をともにしようと姿を現した香穂子の手を、月森らしからぬ強引さで掴むと、そのまま無言で、部屋の隅へと連れて行く。
 
「月森…君?」
 
 怯えた様子でこちらを窺う彼女の様子に、頭の片隅で、引き返さなければという思いが一瞬過ぎる。
 しかし、ふわりと、かつてないほどの至近距離で香る彼女の髪の匂い。
 そして泣きそうに潤んだ、その大きな瞳を見た瞬間。
 
 ――月森の中で、何かが瓦解した。
 
 張り詰めた空気を感じ取ったからか、一歩後退した香穂子の両手首を素早く捉えると、乱暴な仕草で壁へと押し付ける。
 
 そしてそのまま、噛み付くように香穂子の唇に、自身のそれを重ね、その吐息を奪う。
 
「…っ!」
 
 反射的に顔を逸らそうとする彼女を逃がさないように、更にきつくその手首を掴み、どこまでも執拗に追いつめ、蹂躙していく。
 
 角度をかえ、深さをかえ、存分に。
 我を忘れて、その熱に酔う。
 
 そうして、息継ぎの合間にチラリと。
 視界の端に、香穂子の頬を伝う大粒の雫をとらえた、その瞬間。
 
 月森は、唐突に、我に返った。
 
 バッと勢いよく身を離し、思わず数歩、その身を引く。
 
「す、すまない!君の意思を無視して、こんなことをするつもりは…!」
「……え?」
「本当に、すまない……、俺は、何てことを、君にっ…!」
「月森君!」
「…!」
 
 常の彼女らしからぬ、強い口調で名を呼ばれ、思わず月森は口を閉ざした。
 しかし。罪悪感から彼女の顔を見ることが出来ず、強く歯を食いしばる。
 
 そこへ、唐突に。
 
「…私は、月森君のことが好きだよ」
「……っ!」
 
 初めてもたらされた、彼女からの愛の言葉。
 その響きのあまりの甘美さに、くらりと眩暈がする。
 
「…ごめんね。不安に、させちゃってたんだね…」
 
 その言葉とともに、そっと頬に触れる、温かな手のひらの温もり。
 思わず顔を上げると、故意に逸らしていた視線が、彼女のものとかち合う。
 すると、予想外にそこにあったのは、静かに微笑む彼女の姿で。
 
「…ね、月森君は、私のこと、好きでいてくれてる?」
「それは、勿論!」
 
 ずっと、ずっと。
 憧れにも似た想いで、抱いていた彼女への気持ち。
 思わず返した言葉は、紛れもない本心で。
 しかし、香穂子にとっては、予想外のものであったらしく、その目が驚きに大きく見開かれる。ついで、ゆるゆるとその顔に浮かぶのは、傍目にもそうと分かるほどに幸せに満ちた、柔らかな微笑で。
 
「ありがとう……。嬉しい……」
 
 その美しさに、思わず、月森は息をするのも忘れて見入る。
 
 そこで、月森は唐突に気がついた。
 
 今まで、自分1人が不安なのだと思っていた。
 コンクール前と、あまりにも彼女の態度が同じなことに戸惑って。
 勝手に彼女の気持ちを信じられなくなって、挙句の果てに、土浦との関係を邪推までして。
 
 …けれど、きっと。それは、月森も同じだった。どんなふうに振舞えばいいか分からず、結局はそれまでと同じ態度しか取れず。そのうえ、想いを言葉にして伝えることすら怠っていた。
 そんな月森の様子に、不安に思っていたのは、彼女もまた、同じだったのではないかということに。
 
「ね、月森君」
「……!」
 
不意に呼びかけられ、ようやく我に返った月森に、香穂子は穏やかな笑顔で言葉を続ける。
 
「だったら、何も問題ないんじゃないかな?」
「…え?」
 
唐突な彼女の言葉に、それが何を指しているのか分からず、思わず目をしばたかせる。
 
「私は月森君が大好きで。月森君も私のこと、好きでいてくれているのなら。「私の意思を無視して」なんてことには、ならないんじゃないかな」
「……けれど、俺は、無理矢理…君を…」
「私は、月森君に触れてもらえて、嬉しかったよ」
 
 無理矢理、男に力で押さえつけられて、唇を奪われて。怖くなかったはずが、ない。
 だが、しかし。
 そんな様子は微塵も見せず、猶も後悔の思いをつのらせる月森の言葉をきっぱりとさえぎって。
 
「初めてのキスの相手が、月森君で。私は、涙が出るほど、嬉しかったよ…?」
「……っ」
 
 まるで、幼子に言い聞かせるように、優しく、語り掛けてくるその調べは、どこまでも、甘く。心地よく。
 
 容易く、月森の心の一番置くまで染み入り。
 
 ――強く、心、震わす。
 
 ふいに突き抜ける、眩暈のするほどの愛おしさに。
 
 息をするのすら、苦しくなる。
 
 …………ああ。
 ――何故、こんなにも、君は。
 こんなふうに、なんでもないことのように、あっさりと。
 俺の脆さも弱さも、醜さも。
 すべてを暴き出し、そして――あるがまま、包み込んでしまうのだろう。
 
「それでも、ね。どうしても、月森君が気になるって言うのなら……えっと、その……やり直し、しませんか?」
「え、そ、それは…」
「……駄目、かな…?」
 
 大胆な申し出に、思わず赤くなった月森であったが、香穂子の方はと言えば、それよりも更に猶、耳まで真っ赤に染めながら、返答を待っている。
 
 その可愛らしい姿に、胸にゆるゆると満ちる、確かな幸せ。
 
 そっとぎこちなく彼女の頬に手を添えると、躊躇いがちにそっと瞳が閉じられた。
 
「…ありがとう…」
 
 こんな自分を許してくれて。受け入れてくれて。
 そして何より――……同じ想いを返してくれて。
 傷つけられてもなお、鮮やかに輝く彼女の想いを、本当に何より、愛しく思うから。
 
「君が――好きだよ、本当に」
 
 初めて言葉にして告げる、心からの想い。
 
 目も眩むような愛しさの中、仕切りなおしの口付けは、ひどく甘い味がした――。
 



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