「おはよう、アンジェ。もう朝だよ」
遠くから聞こえる小鳥のさえずり。
それとともに、静かに降り注いでくる、穏やかで心地よい声と、頬に触れる温もり。
ベッドの中で、うとうととまどろんでいたアンジェリークが、ゆっくりと目を開けると、そこには笑顔で自身を覗き込んでくる、大好きな人の姿があった。
「ベルナール…さん…?」
寝ぼけ眼をごしごしとこすりながら、その名を呼ぶと、クスクスと微笑みながら、柔らかく頭をなでられる。
「まだ、寝ぼけているみたいだね。もう少し寝させてあげたいのはやまやまなんだけれど…カフェオレが冷める前には、キッチンにおいで?」
チュッと音をたてて額に口付けを落とされ、そこではじめてアンジェリークの意識は覚醒した。
「…ご、ごめんなさい!私、寝坊して…!」
慌てて身を起こし、ベッドからおりようとしたもの、体制を崩しそのまま倒れこみそうになったところを、広い腕に抱きとめられる。
「アンジェ、慌てなくてもいいから、ね?」
「でも、結婚して、初めての朝なのに、私朝ごはんも作らないで…」
温かな腕の中、穏やかに、優しく言われて、思わず泣きそうになる。初めて2人で迎える朝は、旦那様が起きるよりも早く起きて、朝食の用意をして。
そして準備が出来たところで、そっと起こしに行く。なかなか目を覚まさない旦那様に、お早うのキスをイタズラにおくってみたりして。
そんなシュミレーションを、密かにしていたのに、これでは、まるで立場が逆転している。
仕事で忙しいベルナールにすべて準備をさせて、自分は暢気にぐうぐうと寝ていてたなんて、妻失格の烙印を押されて仕方ない。
いつもベルナールが使っている、柑橘系のフレグランスの香りにふわりと包まれながらも、深く俯くと、柔らかく頬に口付けられる。
「っ、ベルナールさん」
「本当にもう落ち込まないで。アンジェ。…それにね、昨日君に無理をさせたのは僕なんだし」
「…えっと…あの、その…っ」
意味ありげな視線に、昨夜の記憶がよみがえり、頬が急激に熱を持ちはじめる。
同時に、今自分が薄い寝巻き一枚の姿だということに、思い至ると、今度は羞恥心から目が潤んでくる。
「〜〜〜〜っ!」
そんなアンジェリークを困ったような表情でじっと見つめると。
「…まいったな。そんな顔をされるとなけなしの理性がやけきれてしまいそうだ」
「に、兄さんっ」
「こら、『兄さん』はもう禁止だって言ったろう?」
「あ、ごめんなさい…」
「うん。いい子だ」
柔らかくアンジェリークの頭を撫で、そっと身をひいてしまう。
離れてしまった温もりに、寂しさを感じた自分に驚きながらも、思わず縋るようにベルナールの裾を握ってしまう。
「…アンジェ」
「あっ…」
ベルナールの顔から笑顔が消え、本当に困った顔になったことに気付くと、慌ててぱっと手を離す。
「あ、あの!ごめんなさい、着替えてすぐに行きます。ベルナールさんはこれからお仕事でしょう?先にご飯食べてて下さい」
「いや、大丈夫だよ。来週一週間は取材旅行で休みが取れないから、その代わりに今日は休みを貰ってるんだ。気にしないで、ゆっくりおいで。ね?」
「……」
言って、パタンと寝室の戸が閉められる。
…本当に、
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